Vol1神仏を信じなかったのに
Part 01 / The Detail
アーメン、20万円の失敗、そして毎朝の祝詞。
幼少期、私が通っていたのは熊本市中央区にあるマリア幼稚園(現・マリアこども園)でした。
カトリック精神を大切にする園で、記憶の中の私は、事あるごとに「アーメン」と口にしています。
しかし、そんな環境に身を置きながらも、成人するまでの私は神仏の存在をこれっぽっちも気に留めていませんでした。
風向きが変わったのは、結婚直後、父親のガン再発でした。
悪化していく容体を前に、何かにすがらなければ心が保てない。そんな極限状態のなか、私は必死でした。神社でお祓いをしてもらい、雑誌で見かけた「霊能力で病気を治す」という記事を信じて、千葉から静岡のお寺へ。そこで支払った金額は約20万円。
結局、後悔だけが残り、その後の母親の闘病時もお地蔵様への祈りは届かず、容体は悪化していきました。
「二度と神仏に頼るものか」
絶望とともに、私はそう誓いました。
それなのに、不思議なものです。
今の私は、自宅に神棚を祭り、毎朝祝詞を奏上し、仏様にも同じように手を合わせています。あれほど拒絶していた私が、なぜ今、神仏とともに生きているのか。
このブログでは、そんな私のこれまでの歩みと、私なりの「神様・仏様との向き合い方」をお話ししていきたいと思います。