Vol17伯母の膝手術とリハビリ、そして熊本 earthquakeが教えてくれた不幸中の幸い
和白病院での手術とリハビリのスタート
伯母の左膝の手術後、早速リハビリが始まりました。
手術当日は足首を動かす練習からスタートし、翌日には早くも歩行訓練へ。
「痛みはある?」と尋ねると、
「あんまりない」
と少し微妙な返事が返ってきて一瞬不安になりましたが、本人は歩けるようになったこと自体に満足している様子でした。
高齢者特有の「人に見られていると俄然張り切ってしまう」という一面が出たのかもしれません。
傷跡も綺麗になってきた頃、約2週間お世話になった福岡和白病院から、次のステップである香椎丘リハビリテーション病院へと転院することになりました。
退院時に付き添って頂いた看護師さんと記念撮影をしました(添付イラスト)
##香椎丘リハビリ病院での順調な経過と「思い切った決断」
新しくお世話になった香椎丘リハビリテーション病院は、三日月山(みかづきやま)の斜面に位置し、風光明媚な景観の中に重厚な存在感を放つ病院です。スタッフの皆さんもとても優しく接してくださり、伯母は嬉しそうにリハビリに励んでいました。
お見舞いに行くたび、伯母の歩くスピードはどんどん速くなっていきます。その晴れやかな表情を見るにつけ、「思い切って手術を受けて本当によかった」と心から感じていました。
##2016年熊本地震――遠く離れた福岡で感じた激震と不安
リハビリが順調に進んでいたある日のこと、2016年4月14日に熊本で震度7の大きな地震が発生しました。福岡にある私の自宅マンションも大きく揺れました。
翌金曜日の夕方にお見舞いへ行き、「熊本で大きな地震があったね」と話すと、伯母は「家は大丈夫だろか……」と自分の住まいをとても心配していました。「今日は金曜日だから、道路の通行状況を確認してから週末に熊本へ様子を見に行ってみるね」と伝えて一度帰宅。しかし、土曜日の深夜に本震となるさらに大きな揺れが襲ったのです。
テレビの映像を見ながら、熊本にいる弟夫婦のマンション、伯母の自宅、自分の家、そして誰もいなくなった実家が被害を受けていないか、不安でたまらなくなりました。弟の携帯電話にも繋がりません。
##福岡にいたからこそ守られた安全
そんな渦中で唯一の救いだったのは、伯母が熊本ではなく福岡にいたことでした。もし手術のために福岡へ来ていなければ、被災現場で安否確認すら取れない状態になっていたかもしれません。まさに不幸中の幸いでした。
日曜日に再びお見舞いへ行き、「近いうちに熊本の家を見てくるね」と伝えて帰る途中、ようやく弟から「無事だ」と連絡が入りました。ただし、マンションは到底住める状態ではないとのこと。大変な状況に心を痛めつつも、「実家が無事であればそこへ避難すればいい」と考えを巡らせました。
弟夫婦の苦労を思うと胸が痛む一方で、伯母自身が地震の激しい揺れや、その後のライフライン途絶による過酷な避難生活を免れることができた点については、本当に安堵しました。
##ひと月半のリハビリを経て無事に退院へ
その後も伯母は順調にリハビリを続け、約1カ月半後に無事退院の日を迎えることができました。
ちなみに地震の影響ですが・・
後日、地震の影響を確認するため、息子と2人で車を走らせ熊本へ向かいました。
移動の道中、北海道から九州まで全国各地から駆けつけてくれた自衛隊の車両や、コンサートステージ付きのトレーラーなど、数々の支援の姿を目にしました。深い感謝の気持ちを抱きながらも、不安と恐れを胸に現地へと向かいました。
現地に到着すると、それぞれの建物には「被災建築物応急危険度判定」のステッカーが貼られていました。
① 伯母の家(危険度:緑)
食器棚(水屋)のお茶碗がごちゃごちゃに乱れていた程度で、それ以外は問題なし。
ステッカーの色は「緑」でした。
片付けをしただけで、大きな被害がなくて本当に安心しました。
② 実家(危険度:黄)
「注意」と書かれた黄色のステッカーが貼ってありました。
2階の壁の一部が壊れていたものの、建物全体の危険度は低い印象を受けました。
ただ家の中に入ると、落ちた土壁が床一面に散乱している状態でした。
※その後、この実家にはマンションの補修が終わるまでの間、弟夫婦が避難して移り住むことになりました。
③ 自宅(危険度:黄)
ステッカーの色は実家と同じ「黄」でした。
しかし、いざ中に入ろうとすると玄関の扉が歪んで開かず、なんとか中に入ってみると、1階リビングの柱が大きく傾いていました。
幸いにも家族全員、身の危険や怪我(人的被害)を免れたことは何よりでした。
ですが、自宅に住ん期間はたったの3年。あんなに愛着のあった家が……と、当時はかなり落ち込みました。
最終的に、その自宅は公費解体で取り壊すこととなりました。
お墓にも行ってみました。周囲のお墓の殆どは、墓石が落ちて割れてました。幸いなことに家のお墓は、無事だったと思ったのですが、アレっ?家名が無い。反対側を向いてました。自力で元に。
次は、伯母が熊本の自宅(伯母宅)に戻る話です。